岡田更生館の館長の実名・犯人は誰?裏の顔や動機がヤバい!これが実話って怖い

岡田更生館の館長の実名・犯人は誰?裏の顔や動機がヤバい!これが実話って怖い

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こんにちはumiです。

今回は「奇跡体験アンビリバボー」でとりあげられる

岡田更生館事件について調べてみました!

「岡田更生館」とは

1946年12月から1949年2月まで

岡山県吉備郡岡田村(現在の倉敷市吉備町岡田)に

実際に存在した浮浪者収容施設なんだそうです。

浮浪者の収容施設ってどんな感じなんでしょうか?

戦争で行き場を失くした人達に、

仕事を与えて食事や賃金を与たえる

とっても有難い更生施設と言われていたそうです。

が、その岡田更生館には裏の顔があったようです。

大量殺人が行われていたそうです。

「昭和の大事件」

岡田更生館の裏の顔は

食事も与えず、リンチや殺人が日常的に行われてたとか・・・!

2年余りで76名も殺害されました。

これが実話なんて恐ろしすぎます💦

この岡田更生館の裏の顔が事実なのかどうか

毎日新聞大阪本社の記者の大森実さんと小西記者

浮浪者に扮して岡田更生館に潜入して

裏の顔を暴いたそうです。

岡田更生館の館長岡田更生館事件の犯人、館長の実名は

岡田更生館の館長の動機は何だったのでしょうか?お金?

アンビリーバボーで紹介される岡田更生館の裏の顔

岡田更生館の館長について調べてみました。

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  1. 岡田更生館とは?
  2. 岡田更生館の裏の顔とは・・・。
  3. 岡田更生館の館長が犯人?動機や実名は?
  4. 岡田更生館事件のまとめ

岡田更生館とは?

(ウィキペディアより)

岡田更生館とは

太平洋戦争が終わって1年余りたった後の

1946年12月から1949年2月まで

岡山県吉備郡岡田村(現在の倉敷市吉備町岡田)に

路上生活を余儀なくされている人達を隔離する目的で設置されたそうです。

路上生活してる人の中には犯罪を犯す人もいて治安が悪化。

GHQがそのような人達を救済するために全国62カ所に設置した施設の1つなんだそうです。

戦争で住む場所や肉親を失った人達に

県の職員が

「岡田更生館に来れば十分な食事を与えてもらえる。

仕事もあり、賃金も貰える、貯金もできる」と甘い言葉をかけて

岡田更生館に収容したそうです。

戦後、身寄りも、住む場所もお金もない時に

そんな素晴らしい施設があると言われたら

入りたいと思いますよね。

路上で生活するよりは、はるかにいい生活、

しかも貯金も出来るなんて、

こんないい条件の施設に入れるなんて幸せ(*‘ω‘ *)

と私だったら絶対思ってしまいます。

岡田更生館の裏の顔とは・・・。

「岡田更生館に来れば十分な食事を与えてもらえる。

仕事もあり、賃金も貰える、貯金もできる」

そんな期待を胸に岡田更生館に入所。

しかし岡田更生館には恐ろしい裏の顔があったのです。

岡田更生館の裏の顔とは

食事が十分に与えられることはなく、

朝晩に水のに薄い雑炊、昼はパンか豆の入った黒い麦飯。

わずか1か月の間に栄養失調で50~60人が亡くなる。

しかも日常的に暴力や傷害があり

岡田更生館から脱走しようとして捕まった人には

職員から頭を蹴る、木刀で頭を打つ等の暴力を深夜まで受けたそうです。

収容所は1畳あたり、1.3人程がひしめき合って

ほぼ全員が皮膚病・疥癬を患ってたそうです。

こんな狭い空間で生活していたらうつるしかない💦

現在の1人暮らしの部屋は7畳が平均って言われています。

なので1畳に1.3人って( ゚Д゚)

どんなに狭いか・・・。

岡田更生館は開設から2年余りで

76名も館内で亡くなっています。

栄養失調や病気になると医務室に。

ここには死体が散乱・・・。

2年でこんなに亡くなるなんて異常としか言いようがない。

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岡田更生館の館長が犯人?動機や実名は?

岡田更生館ではなぜこのような岡田更生館事件が起こったのでしょうか?

その1つとして

岡田更生館の館長の存在があります。

岡田更生館の館長がなぜこのような事件を黙認していたか?

岡田更生館の館長の動機は運営費の横領です。

岡田更生館の館長は

県から交付されていた岡田更生館の衛生費・飲食費のうち

90万超を来客の接待費や妻の入院費に流用

しかも収容者の貯金も使っていたそうで、

その埋め合わせにも充てていたようです。

それだけでは足りずに、収容者の飲食物や日用品を買ったと見せかけて

虚偽の領収書まで作成

そんな事してたら

収容されている人達に食事を十分に与えることなんて出来ませんし

病気にもなってしまうはずです。

あと1つが

岡田更生館の職員による暴行や傷害

反抗的な態度の収容者にはこん棒で滅多打ちにする。

この2つが岡田更生館事件の要因のようです。

岡田更生館の館長の実名

調べてみましたが、イニシャルのNしか分かりませんでした。

柔道5段の猛者だったそうです。

毎日新聞大阪本社の記者の大森実さんと小西記者

浮浪者に扮して岡田更生館に潜入して

裏の顔を暴いた事によって

岡田更生館事件が発覚

それまでは、巧みに隠されていて

世間には模範的な更生施設と思われていました。

記者の大森 実さんと小西さんが命がけで潜入取材をしなければ

もっと犠牲者が増えていたと思われますよね。

岡田更生館事件のまとめ

  • 岡田更生館とは太平洋戦争が終わって1年余りたった後の1946年12月から1949年2月まで岡山県吉備郡岡田村(現在の倉敷市吉備町岡田)に路上生活を余儀なくされている人達を隔離する目的で設置

  • 岡田更生館の裏の顔とは

岡田更生館の裏の顔とは

食事が十分に与えられることはなく、

わずか1か月の間に栄養失調で50~60人が亡くなる。

しかも日常的に暴力や傷害があり

岡田更生館から脱走しようとして捕まった人には

職員から頭を蹴る、木刀で頭を打つ等の暴力を深夜まで受けたそうです。

  • 岡田更生館事件の犯人と動機・岡田更生館の館長の実名は?

岡田更生館事件は館長の横領と職員の暴行・殺害

岡田更生館の館長の実名はイニシャルのNしか分かりませんでした。

戦後でみんなが貧しく苦しい生活をしていた頃に

自分の欲だけのために大勢の人の命を犠牲にした

岡田更生館の館長、職員許せません。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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